SIDEWAYS RAIN

これも期待が高かった作品。SIDEWAYS RAIN / ALIAS/GUILHERME BOTELHO
会場はSCHAUBÜHNE

ブラジル人でスイスで活動している。もうこういうのヨーロッパでは一般的ですね。国をまたくなんて感覚は希薄で「実家は浜松」くらいな気軽さですよ。ダンサーはなんと16人。かなり多いといっていい。何故これだけ多いかというとちゃんと理由があった。
広い舞台をプロセニアムアーチでワイドテレビのように横長に区切っている。明かりがつくと下手から四つん這いになったダンサーが這って出てくる。次々と出て来て上手にハケていく。どんどん人が下手から出て来て上手にハケていく。こればずーっと続くのよ。上手にハケたダンサーは舞台裏を通って下手に回ってまた出てくる。これが途切れなく続く。このために16人のダンサーが必要だったのですね。
そして、流れに連れて動きが展開していくが、基本すべて下手から上手へダンサーはまるで流れていくように動きを連ねていく。これが途切れなく続くとまるで「スゴく大きな流れ」をボーッと眺めているかのような気がしてくる。あ、今気づいたけど上手、下手っていうけど、コッチでは下手を「stage right」、上手を「stage left」と舞台側から見て呼ぶのね。上下で呼ぶのは日本の独特な感覚なのでしょうかね?下手(観客席から見て左手ね)上手に動くと心理的に何かに向かっているような気がするのな。多分歌舞伎では役柄によってどっちから出てくるか(偉いと上手から)とかあったと思う。ま、グラフとかも右に進むし、世界共通の感覚なのかもしれないけど。こっちのダンサーに聞いてみよう。
流れは続きつつも変化し始める。シークエンスになったり、ただ後ろ向きで歩いたり。そして一人のダンサーが立ち止まったのよ。そうすると今度はそいつが後ろに向かって戻っているような錯覚が。これ、みんなちょっと「おぇ〜っ」ってなった。よくあるじゃん、駅で向こうの電車が発車するときにコッチが動いているような気がするヤツ。アレが起こるのな。面白いイタズラでしたね。
そしてその一人が他の人にぶつかった。するとぶつかったダンサーのリアクションにあわせて流れているダンサーも全員ユニゾンで動く。これも面白かった。そこから少しコンタクト(パートナリングね)っぽい流れになった。似たようなことを以前やったけど、こちらの方が人も多いし迫力あったなあ。
最後は一人一人が細い糸を持って駆け抜けていく。糸はどんどん増えていってまるでクモの糸のようにうっすらと白い壁を作っていく。その中をいつしか裸になったダンサーが駆け抜けていき、暗転。
一つの単純なアイディアを使ってここまで爽快な作品に仕立て上げた手腕に拍手ですね。会場もブラボーが乱れ飛んでました。
正直音はコンテンポラリーダンスによくある感じだったしちょっと長いところもあったような気もするけど、でもそれは大きな問題じゃないかな。舞台を貫く大きな流れがあるだけで、川の流れを見ているような気になったし、それが飽きなかったしね。川の流れって別に見ていて飽きないじゃん?
「行く川の流れは絶えずしてしかも元の水にあらず」って精神の作品だったよ。
しかし、こういう作品ってフェスティバルで見るから一段とその特徴が見えやすくなったのもあると思う。他と比べてみれるしね。いくらおいしいと言われても似たような幕の内弁当を毎日食べるより、違った味の一点豪華主義弁当をとっかえひっかえ食べる方が楽しめるじゃん?しかも産地直送だしな。作品を作る上でも大事なことですね。
劇場は元映画館だったとかで入り口には小さな看板がかかってました。こういうところも気が効いていて気分が盛り上がる。小さいことだけど意外と大事。見に来る人は劇場そのものも楽しみたいわけだしね。