a tragicomedy
昨日のこと。
知り合いのパフォーマーのサヨナラパーティに呼ばれガビと一緒にノイケルンにあるレストランに向かう。
彼女は、一応仮名でF、としておこう。Fはベルリンにある小さなマスクシアターの一員で、彼女が独自に作った作品がシルク・ド・ソレイユに買われ、結構な条件で再来年までの契約が取れた。で、演出としてツアーに着いて回るためしばらくベルリンを離れるのでその送り出しパーティをやろうとなったってわけ。すごいなあ!と彼女を讃えようと足取りも軽かった。
向かったレストランは小さいながらもいい雰囲気で、有機野菜とフェアトレードのワインを出しているイタリアン。ギャラリーにもなっていて壁には絵画がかけてあり個展もやっている。今日はそのオープニングも重なっていて店内は大盛況だった。
その中でFを送り出すために集まった6名ほどの友人がお腹すいたーとかいいながらめいめい前菜を片付ける。コッチで面白いのは「いただきます」がないせいか勝手に食べるんだよね。目の前にあるものを適当にさ。ま、気楽でいいんだけど最初の頃はx驚いたな。
ワインも美味しくそれぞれの話に花が咲き始め、しばらく経つと彼女の友人がまたぽつりぽつりと現れるが、個展に来る人も大勢いてだれがFの知り合いだかもわからない状況で。危うくうちらのテーブルのワインを個展の客に取られそうになったりも。
そんな中、Fが「体調が悪くなってきた」といい上着をかけてうつむいた。顔は青ざめている。そのうちに手が震え出し、肩は小刻みに揺らぎはじめた。大丈夫かな?風邪でもひいたんだろうか?と思うがついさっきまで楽しそうに話していたのになあ。Fの震えは止まらず暖かいお茶を頼んだり毛布を貰ったりして様子を見るがますます状況は深刻そうで。
そのときにガビが「私たちの後ろ、外のテーブルで食べているグループいるでしょ?あれ、Fの元カレの両親よ」とひっそりと告げてくる。思えば後ろに座ってるグループの中にいる一組の夫婦がさっきテーブルに来てFに挨拶をしていて。Fのゲストかと思ってたけどテーブルにはつかなかったので知り合いかな?とは思っていたのだった。
ぢょえええ!マジか。
彼女と元カレの話を聞いていた俺はあまりの偶然に息が止まりそうになった。
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Fの元カレとのエピソードをガビから聞いたのは随分と昔、最初にベルリンに来た頃だった。Fはアメリカ人で元カレはベルリン生まれのドイツ人。付き合いも長くもう10年になるかとのこと。結婚話が持ち上がり僕らがお世話になっているシアターハウスで結婚式を挙げようということになった。ガビが世話人になってね。Fはアメリカから両親親戚一同をベルリンに呼ぶことに決め、手作りの結婚式にそなえ知り合いの衣裳家にウェディングドレスを仕立ててもらっていた。自分のカンパニーに音楽を演奏してもらう段取りも万端。いい雰囲気の結婚式になるに違いない。ガビもみんなも、もちろんF自身もそう思っていたところ、元カレが急に
「別れたい」
と言い出した。その時点で式の3週間前。既に両親親戚のチケットは予約済み。全ての予定をひっくり返すわけにはいかず。結局ご両親親戚もベルリンに来て、元カレのいない中ではあるけど、わざわざセッティングしてくれたんだしせっかくだからと急遽彼女を囲むパーティってことにしてなんとか体裁を整えたってわけ。元カレの両親は元々Fと息子の結婚を望んでいなかったらしく、特に謝罪もなくパーティにも来ず。
「本当に大変だったのよ。そしてFがかわいそうでね。」
ガビからそんな話を聞いてはいた。
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その両親がよりによって同じレストランでの個展に訪ねてきているとは!自分の壮行会のタイミングでさあ。
「マジか!もう映画じゃん!」と後ろに聞こえないようにガビに答える。ガビも「アタシも信じらんないわよ!」と聞こえがよしにどなる。奥ではFががたがた震えている。彼女はそれ以来一人らしく未だにトラウマなのだろう。そりゃそうだろ!わざわざ家族親戚一同を呼んどいたあげくテメエの結婚式をおシャカにされてさあ。切ないことこの上ない。おまけにいざ船出をみんなで祝おうって瞬間にその元カレの両親に出くわすなんて。こんな安い脚本誰が書いたんだよ。もうこれコメディじゃん。
まわりの友人が医者を手配し連れていくことになった。こういうときの友人の動きは迅速。持つべきものは友である。さして表情も変えずテキパキとFの荷物をまとめ、彼女にお茶を飲ませる。ややあってタクシーが店の前に止まりFは友人に連れられ表に出る。その際にその元カレの両親に笑顔で挨拶を交わすけなげなF。元カレの父親はそれでも優しそうに彼女とハグを交わすが母親は目もあわせない。もうマンガ。
Fが去ってからはまた別の展開よ。
彼女がタクシーで去ってからも友人が続々と現れる。その度に僕らはマンガのようなさっきの事件を伝える。いちいち目を丸くする友人たち。もちろん友人たちもFの昔の痛ましいトラブルを知っているわけで。僕らももう話したくてしょうがない。
これ平田オリザの作品じゃん!セミパブリックってこういうことかと。っていうか平田オリザこんな話書いてなかったっけ?俺アゴラで見た気がする!
ひとしきり状況を伝えた後はいない彼女をたたえあい慰めあい。そして彼女からの連絡を待ち。
今度は「ゴドー待ち」かよ!おれらは「Waiting for Godot」ならぬ「Waiting for F」じゃんね。と。
もう小劇場の一番前の席に座っているかのような感覚にめまいが。そう思うと後ろのキッチンの舞台装置もよく出来ているし、暖色系の照明も完璧で。時折テーブルをのぞきにくる赤いセーターの美人女将はキャリアのある女優にしかみえない。あのシト前の舞台にも違う役で出てた、絶対!
こうなるともうそれぞれが味のある役者にしか見えない。そもそも僕らのテーブルには何人もの役者やパフォーマーが座っているわけで、それもこの一連の下りの芝居っぽさに拍車をかける。おまけにみんな役者なもんだからこの「ゴドー待ち」を肴に話が弾み出す。今度はどんな演出がいいかとアイディアが出るでる。
曰く「彼女が去ったところから始まるってのがいいよね」曰く「後から訪ねてくる友人が4年前のトラブルを語る方がいいから、お前が語る役ね」曰く「元カレの両親も出演無しで話だけの方がいいよね」「それは俺に話させてくれ!」等々。
僕は黒澤明の「生きる」を思い出し、あれもゴドー待ちの変形だったのかなあ?とレストランの喧噪の中ぼんやりと思いを馳せる。
しばらくしてFから「医者に見てもらって大分落ち着いた」と連絡があった。既に家に戻っているようで僕らも一安心。
「あれアルモドバルの映画みたいだったね」「ていうかあんな話すでに見たような気がする」と語りつつまだ寒い春の夜をガビと帰りました。
誰かこのマンガみたいな話、買ってくれませんかね。