EMANUEL GAT DANCE

はてさて4本目はエマニュエルガット。調べてみたら僕と同じ年なのね。しかも、23歳でダンスを始める前は音大生だったという経歴の持ち主。てっきり子供の頃からやってんのかと思った。
Brilliant Corners / EMANUEL GAT DANCE
作品タイトルはセロニアス・モンクのレコードから。会場はHAU1。

今回のフェスティバルで個人的に一番楽しみにしていたアーティスト。来日してないし、一月のベルリンでの公演は早々にチケットが売り切れていて見れなかったのだ。キャンセル待ちの人でごった返している入り口で知り合いと顔を合わせる。

入り口ではお酒を売っていてお祭りの空気は否が応でも盛り上がってくる。始まる前に一杯なんていいじゃない。舞台は黒いリノリウムだけで幕も袖も取っ払ってがらんとした感じになっている。こういうのたまにあるけど、劇場が古くてかっこいいとなんだかそれだけで成立してしまうよね。以前にエジンバラの劇場でもそう思った。日本の劇場もあと100年くらい経ったらこんな風にかっこ良く見えるのかなあ?
おい聞いてんのか、歌舞伎座
(はい、今日もでた!)

さて、すっきりしたところで本編へ。
何もない舞台にぱらぱらと人が現れる。ダンサーは10人。飾らない普段着って感じの衣装を身にまとい、しかし、すべてがざらついたモノクロ写真のように見える絶妙な照明。音とともに10人が一斉に動き出すが全くバラバラなのに一体どうやって合わせてんだ?となるくらいに全部そろっている。音でカウント取ってるようでもないし。ホントに視界の広いダンサーたちだなあ。フォーサイスの机の作品に似ているような気もするが、全体的にダンサーの自由度が高いように感じる。型にはまっていないというか。キャラクターもバラバラで個性豊かでさ。まあそれぞれ文句無しに「動ける」人たちですがね。しかし、まあよく動くよ。こういうスウィング&リリーステクニックをベースにした動きがコンテンポラリーの主流になって久しいけれど、「運動と身体」の融合という意味では本作のダンサーはもうアスリートといっていいでしょうね。ものすごく上手いサッカーかバスケットのフォーメーションを間近で見ているような気がした。ジョーダンとピッペンがいた頃のブルズですよ!笑っちゃうくらいに簡単に相手を避けてパスをまわしあう感じ。といっても誰かが飛び抜けて見えてくるわけではなく、あくまでも超絶なコンビネーションのチームワークに思わず「ふえぇ、」って声がでる感じ。
照明もよかったなあ。シンプルながら繊細で。舞台中央だけを四角く照らしていてそれ以外のところは薄暗く見えているのだけれど、奥から距離があり、がらんとした背景の中に独りがぽつんとたたずんでいるとちょうど町中のある人にだけ焦点があたったような写真あるでしょう?奥がぼけて、被写界深度の浅い感じの(作品紹介の写真がイメージぴったり)。ああいったかんじに見えているのね。斜め横からのHMI(水銀灯ね)で、ビルの谷間からの日差しのようにも見えたり。他にも照明のあたっていないところをわざと利用して動きを見せたり見せなかったりと心憎いばかりに上手い。SS(サイドスポット)は全く使ってなかったな。
最後に、何人かがたたずみ、一人がまるで路地に座るように床に座り、ゆっくり日が暮れるように照明が落ちた。見ていて「これは街角だ!」とはたと気づいたよ。タイトルはBrilliant Cornersで、「輝ける街角」ってことでしょ?アーティスティックにストリートに思いを馳せた作品なのではないだろうかと。途中途中にもダンサー同士が見つめあう仕草や、ただぼんやりたたずむ所作がパッと見は気づかないほどさりげなく配されていて、町中でのふとした瞬間の何ともいえない思い、実存的な孤独感とでもいいましょうか、そういった叙情的な匂いも漂ってくる。よくあるじゃん。気づくと通りの人を目で追っかけている感じ。あんな印象を見ている側に与えるのね。わざとらしい説明的な行為や時間は一切入ってないのにさ。とにかく、こちらの妄想は勝手に膨らみました。フィジカルでありつつなんてリリカルなんだろうと。
いやあ、ブラボーでしたね。観客もやんやの大歓声。終わって何人かでそのまま劇場のレストランで飲みに突入。いやアレはすごかっただの、あそこどうやって振付けてんの?カウントは?だの話は尽きず。この時点で暫定一位ですわ。いやこの勢いだとメダルは確実だろうなあ。ココロのベストテンTanz im August編ね。よかったよかったなんて余韻の中、次の日クラスで知り合いの評論家にあったので昨日どうだった?って聞いたら
「最悪!」
だって、、、いやあ、ガットさん(イノキさん⤴と同じイントネーションな)、世界は広いっすね。